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高柳 英麿 (かまくら桜の会会長)
この鎌倉の桜は、かつて将軍実朝が珍しい桜の木を各地から集め、「さくら花さくと見しまにちりにけり夢かうつつか春の山風」と歌にも詠まれている。 その花の遺伝子が、いまも周囲の山や神社に花を咲かせ、永劫に時を刻んでいる。
現在鎌倉の段葛の桜は大正時代に、若宮大路の桜は昭和49年に町興しとして植えてきました。いまでは「日本の桜の名所100」にも選ばれています。 昭和50年には、鎌倉市の市の花として「リンドウ」、市の木として「ヤマザクラ」が定められました。山桜は単に一本の木を指すだけでなく、市域の山稜にまるで霞がたなびくような風景になり、市民、観光客のこころをも慰める情景をも指しています。
今から40年ほど前に播種され、大船フラワーセンターで成果した玉縄桜は2月半ば頃から咲き始め花期が永く、特許の花木として種苗登録がされました。将来国際用語となるために玉縄城に因んで「玉縄桜」と名付けられたようです。発展著しい鎌倉の玉縄にふさわしい花かもしれません。
鎌倉市は竹内謙市長の時代、世界遺産登録で現在名を賑わしている平泉(岩手)が、源義経最期の地ということで、竹内市長、鶴岡八幡宮宮司はじめ市内の要人が平泉を訪問する機会がありました。竹内市長から記念品の相談を受け、すかさず「玉縄桜」をお薦めしました。

当時のフラワーセンターの小林園長も協力してくださり、市長夫人 が幼木を抱えて列車で持って行かれ、中尊寺背後 に記念植樹されました。 またその頃、頂いた3本は段葛に植えられ、今は早咲きの桜として人々に楽しまれています。そして平泉からの答礼の桜は、鶴岡八幡宮の馬場道に植わっております。
神奈川県のトラストみどり財団で、三浦半島の「古木名木」を50本選定した際、玉縄桜も選ばれました。今春、市内の桜の愛護者で「かまくら桜の会」を設立しました。鎌倉の風景を明るく保つため、桜を大切にしていきたいものです。

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